奥野敦士の転落事故で半身不随からの復活!ストーカー被害の真相は?

伝説のロックスター奥野敦士さんをご存知でしょうか?あのミスチルの桜井和寿さんが尊敬しているといわれている奥野敦士さん。ある転落事故の為、一命はとり止めたものの半身不随となってしまいました。

転落事故で半身不随になっても精力的に活動をされていますが、2013年になんと女性ファンからストーカーの被害を受けてしまいました。

転落事故はどのような状況で起きたか、またその後のストーカー被害はどのようなものだったのかまとめました。

奥野敦士(おくのあつし)さんプロフィール


●名前:奥野敦士(おくのあつし)
●出身:群馬県前橋市出身
●生年月日:1963年6月25日生まれ  今年55歳になります

バンド活動、転落事故、ストーカー被害など時系列を追ってみてみましょう

●1982年バンドROGUE結成結成~ROGUEのボーカリストを務める

●1989年 武道館単独公演を成功

●1990年 ROGUE解散

●2008年 再結成の話が浮上→→→その矢先に転落事故 半身不随の大けが

●2013年 ROGUE再結成→→同年ストーカー被害に遭われています

●2014年 ニューアルバム「REAL AGAIN」をリリース

●2015年 奥野敦士さん結婚

ROGUE解散理由としては、奥野敦士さんがソロ活動に力をいれたいという考えがあったようです。音楽活動と並行して俳優としても活動をされていました。

2013年に再結成されています。2014年にはニューアルバム「REAL AGAIN」をリリースし、ライブ活動などを行っています。

ROGUE結成秘話
メンバーのギターの香川誠さんと学校が一緒でバンド活動をスタート。そこでROGUEを結成されたそうです。
結成した次の年に「ファイティング‘80」という新人オーディション番組に出演。そこでなんと優勝をするという実力のあるバンドでした。メンバーの皆さん、それぞれが素質があったのでしょうね。

オーディション番組での優勝を機にデビュー前からかなりの話題になっていたようです。

バンド結成した当初、もともと奥野さんはベースを担当でスタートしました。しかしボーカルが脱退したことで奥野さんがボーカルを務めるようになり現在に至ります。

奥野敦士さんの転落事故の詳細

2008年にバンド再結成の話が浮上しますが、その年には実現されませんでした。それには奥野さんの転落事故が大きくかかわっています。奥野さんの転落事故は、バンド再結成の話の浮上が影響しているともとれるでしょう。その真相を探ってみましょう。

2008年 バンド再結成浮上の話(ここでは再結成せず)
1990年にバンドを解散してから、バンドの元メンバー同士は口を利かないほど険悪な関係に陥っていました。言ってみれば、バンドの絶頂期に奥野さんのソロ活動の希望で解散となってしまい、他のメンバーとしては心外な話です。なので、解散後の再結成の話など全くと言っていいほどでていませんでした。

奥野さんは解散後、ソロ活動で音楽、俳優として活躍か・・・とおもいきや、それはとても厳しい世界、なかなか思うように仕事をすることが出来ませんでした。どんどんと仕事は減り、そのせいでで生活は荒れていくばかりでした・・・音楽や俳優業では食べて行けずに、解体作業などのアルバイトをして生計を立てていたそうです。

そんな時にギターの香川さんが、普段では再結成の話など全くしないのに、かなり酔った勢いで「1回位なら再結成するか」と奥野さんに電話をしたそうです。

そこで奥野さんは、再結成に向けて生活を立て直そうと懸命に働き始めました。再結成のためにお酒を断ち、気合を入れていた矢先、解体作業中の倉庫の屋根から転落、半身不随の大けがをされてしまいました。

アルバイトの作業中に倉庫屋根(7Mの高さ)から落下、アスファルトに打ち付けれれるとい何とも痛ましい転落事故でした。頸椎を損傷するという大けがとなってしまい、一命は取り止めましたが首から下が麻痺するという半身不随の障害を持つことになってしまいました。

この転落事故を受け、再結成の話を持ち掛けた香川さんは自分を責めたそうです。自分がこの話を持ち掛けなければ事故に遭わなかったのでは・・・と。再結成の話は流れてしまいました。

転落事故後の奥野さんはボーカリストとしては致命的な「声」を失っている状態でした。下半身不随ということで腹筋が使えず、声が全くでない状態でした。この時のことをご本人も「どん底」とおっしゃっています。

絶望だったよね、最初は。少しよくなって車椅子に乗れるようになってから、所沢の大きいリハビリ病院に移って、初めて誰もいないところで声を出してみたんだよ。そこで俺、初めてボロ泣きした。腹筋が使えないから、全然声が出ないし、音程も取れない。どん底だったよ。本当に悲しかった。

奥野敦士さん事故からの復活

しかし、ここからのポジティブマインドがものすごい奇跡を起こしていきます。

声が出なければお腹をベルトで絞めればいい~というところから始まり、リハビリ施設のそばの河川敷で発声練習を重ねるなど努力と工夫で、事故から2年後には下の動画の通り、歌声を披露できるまでになりました。この歌声は本当に感動です。



さらにすごい奥野敦士さんに野望が!
2020年東京オリンピックパラリンピックの開会式国歌斉唱の座を目指しているそうです!!奥野さんを支える周囲のひとの盛り上がりもあって、このような動画がアップされています。圧巻の歌声ですね。声が出なかった人がここまで復活するとはまさに奇跡です。


奥野敦士さんのストーカー被害の詳細

バンド再結成の2013年にストーカー被害にあいました。奥野さんはその当時50歳。

当時、大阪府茨木市の会社員だった37歳の女性が一週間で209回ものメールを送りつけたとして、ストーカー規制法違反の疑いで逮捕されました。国内では4件目、芸能人に対するストーカー規制法では初の逮捕となり話題になりました。

7月に奥野さんは警察に相談をし県警が口頭注意という措置をとったそうですが、効果が全くなかったようで、その後も約400通ものメールを送りつけたとして、9月に逮捕となりました。
被告は罰金刑と文書注意をうけたということです。

 

なにしろ身体が不自由なことと、最近あった氷室さんの実家の放火事件があったりで、何かあったら遅いので、恐くなり、警察に相談しました。

五万通に及ぶ件名だけのメールたまにかかってくる電話ファンの方だけど、顔も知らない人からのしつこいラブコールは、流石にキツイです。

ストーカー規制法ができて本当に良かった。みなさんも何かあったら警察に相談してみてくださいね。

オフィシャルブログでもこのようにコメントされています。男性の方でもやはりこのようなことを受けると怖いですよね。おっしゃられているように、何かあったときに体が不自由で思うように対処できないですよね。

奥野敦士さんの前向きでポジティブな生き方、歌声に魅了されてファンになり、行き過ぎた行動に出てしまったのでしょうね。

まとめ

奥野敦士さんの壮絶な半生、ポジティブマインドにはものすごい力があるんだな~と歌声を聞きながらおもいました。同じようなハンデをお持ちの方、そうでない方全員に勇気と感動をこれからも与え続けてもライたいです。

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